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批評は今、どこにあるのか?
批評家は今、どこにいるのか?
そもそも批評とは、いかなる営み/試みなのか?
全身批評家、佐々木敦が、40年に及ぶキャリアの全てを注ぎ込み、新たに立ち上げる「批評」の「学校」。
佐々木いわく「地獄の淵を見た」――「批評王」の帰還。
はじまります。
「私(わたくし)の批評」宣言 /佐々木敦
批評とは何か?
当然ながら、その答えはひとつではない。
それどころか「批評とは何か?」と百人に訊ねてみたら、おそらく百通りの定義が返ってくるのではないか。
しかし、にもかかわらず私たちは、批評という言葉を知っている(つもりになっている)し、ごく普通に使っているし、使えている。
だが、たぶん間違いなく、私の批評とあなたの批評は、同じではない。
私は長い間「批評家」を名乗っていた。2020年の始めに複数の理由により「批評家卒業宣言」をして、そう名乗るのを辞め、それでも批評は書いていたが、昨年(2025年)からほぼ5年ぶりにふたたび「批評家」を肩書きに使用することにした。この(多少とも私を知ってくれている人にとっては不可解な、そして私を全然知らない人には誠にどうでもよい)それなりに込み入った事情については、それをなるべく誤解の怖れなく記そうとすると非常に長くなってしまうし、書きたいことと書けることと書かないほうが良いかもしれないことと書けないことなどがあり、それらの峻別もまだ完全にはついていないので、こことは別の場所で、出来るだけ早い時期に「批評家復帰宣言」を用意することにしたい。ここでは単に、批評家を名乗ることを辞める必要があったから辞めたのだし、ふたたび看板に背負う必要を感じたからそうした、とだけ述べておきたい。
まずここで肝心なのは、ならば私という存在は、どのような「批評家」なのか、ということである。このことを説明するには、当然ながら、私にとっての「批評」の定義、すなわち「私の批評」とは何か?を説明しなくてはならない。なぜならば私は、ずっと昔から、自分はちょっと(かなり?)変わったタイプの「批評家」だと感じてきたし、それは自分の「批評観」に由来すると思ってきたからだ。
「私の批評」は、ごく簡潔に定義することが出来る。「○○についての言説」である。
○○が批評対象で、原理的には何でも入れることが出来る。重要なのは、○○がなければ批評は、少なくとも「私の批評」は始まらないということだ。○○は「作者」と呼ばれる他者が産み出した「作品」でもよいし、「作者」自身でもよいし、複数の、多数のそれらを含んだ現象や運動でもよいし、「作者」や「作品」とは別の事象や環境、状況でもよい。
兎も角、批評家の視線の先に何かがあって、あるいは批評家が自らの目でそれを見つけ出し、あるいは向こうから出会い頭にぶつかってきて、それは何なのかと問い、自分の頭で思考し、なぜそんなものが世界に誕生したのか、それは一体何をしているのか、それが在る/有ることによって、世界に、他者たちに、「私」に、何が起こったのか、起こり得るのか、などなどを、自分の言葉(や振る舞いや活動)で記述する、そしてそのことによって○○に対峙し、自分とは別の、自分を通して○○と出会う他者たちと関係し、対象と批評と他者の三者のあいだに動的なコミュニケーション・ループを形成する、そうしてこの世界を、より複雑で豊かなものへと変えていく、すぐにはそうならなくとも、その努力をする、しかもジョイフルに。これが「私の批評」の要諦である。
「私(わたくし)の批評」宣言 全文を読む → note
作品について、書く。
この学校では、ジャンルをひとつに限定しません。
文学、映画、音楽、演劇、美術、短歌、サブカルチャー、思想……。
異なるジャンルの作品に出会い、一つひとつの作品と向き合い、考え、それを言葉にする。
「読む」だけではなく、「書く」学校。
批評の学校は、講義を聴くだけの場所ではありません。
作品を読む。
見る。
聴く。
考える。
そして、実際に批評を書く。
受講生は、講義を受けるだけでなく、自ら批評を書き、講評を受け、ほかの受講生の批評を読みます。
読むことと、書くこと。その往復を繰り返しながら、いま「批評を書く」ということを考えます。
10か月、全20回。
講師
※講師名は敬称略。
主任講師
佐々木敦
全20回を通して、講義・講評を行います。
専任講師
つやちゃん/西村紗知/矢野利裕/山本浩貴(いぬのせなか座)
それぞれの講義に加え、受講生が提出する批評の講評・審査などにも参加します。
ゲスト講師
倉本さおり/鴻巣友季子/椹木野衣/柴崎祐二/絓 秀実/杉田俊介/瀬戸夏子※/仲山ひふみ/西田博至/町山智浩※/山﨑健太/四方田犬彦
各講師の登壇回・テーマは順次発表します。
※リモートでの登壇を予定しています。
批評を書く|受講生
受講生は、全20回の講義への参加・視聴に加え、全5回の課題として実際に批評を書き、提出します。
佐々木敦や専任講師による講評を受け、質疑や対話にも参加します。
提出された批評は、WEB上での公開も予定しています。
定員は25名程度。応募多数の場合は選考を行い、最大30名程度まで受け入れる場合があります。
講義は、本屋B&Bへの来店とオンライン配信のハイブリッド形式です。
受講生は各回ごとに、来店/オンラインを選択できます。全回アーカイブ視聴付きです。
受講料
143,000円(税込)/全20回
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批評に立ち会う|通期聴講
通期聴講では、全20回の講義をオンラインで視聴できます。
佐々木敦や講師陣による講義だけでなく、受講生が書いた批評と、その講評を含め、この学校で10か月にわたって行われることを最初から最後まで追います。
リアルタイム配信に加え、全回アーカイブ視聴付きです。
通期聴講料
66,000円(税込)/全20回
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学校で生まれたものを、一冊の本へ。
この学校で行われた講義と、そこから生まれた批評を、一冊の本として残すことを計画しています。
受講生、通期聴講者には、完成した書籍をお届けする予定です。
※佐々木敦のサイン入りを予定しています。専任講師のサインも検討中です。
※書籍の内容・仕様・刊行時期等については現在検討中です。
※受講生作品の書籍への掲載を確約するものではありません。
協力 : 書肆侃侃房
第1講の単発聴講について
11月25日(水)の第1回は、1回単位での聴講チケットも販売します。
第1講 単発聴講 4,500円(税込)|お申込みはこちら
※第2講以降の単発聴講については、現在未定です。
開催概要
期間
2026年11月〜2027年9月
回数
全20回/各回120〜150分予定
会場
本屋B&B+オンライン
アーカイブ視聴期間
2027年9月30日まで
定員
受講生25名程度(最大30名程度)
開催予定スケジュール
2026年
11月|25日(水)
12月| 8日(火)・22日(火)
2027年
1月|13日(水)・27日(水)
2月|10日(水)・23日(火・祝)
3月|10日(水)・25日(木)
4月| 7日(水)・21日(水)
5月|12日(水)・26日(水)
6月| 9日(水)・23日(水)
7月|14日(水)・28日(水)
8月|11日(水)・25日(水)
9月| 9日(木)
※開催日程は変更となる場合があります。
※各回のテーマおよび登壇講師は順次発表します。
批評を書くこと、批評家になること。
佐々木敦と、さまざまな領域で表現と批評を実践する人たち。そして、これから批評を書こうとする人たち。
ここから、「批評の学校」が始まります。

