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木野正人×岡野誠
「1988年〜89年のジャニーズ事務所とテレビ界の変動」
『田原俊彦論――芸能界アイドル戦記1979-2018』(青弓社)刊行記念

木野正人×岡野誠
「1988年〜89年のジャニーズ事務所とテレビ界の変動」
『田原俊彦論――芸能界アイドル戦記1979-2018』(青弓社)刊行記念

180916

大好評第2弾! チケット完売、満員御礼の盛況だった『1988年のジャニーズ事務所』の続編です。

88年4月、田原俊彦『抱きしめてTONIGHT』のバックダンサーに抜擢され、9月にCHA-CHAのメンバーとしてCDデビューした木野正人さんが、今回は『1988年〜89年のジャニーズ事務所とテレビ界の変動』について語ります。

88年は歌番組がテレビ界の主流の1つだった最後の年と言えます。同年10月に『とんねるずのみなさんのおかげです』が始まると、『ザ・ベストテン』の視聴率が1ケタを叩き出します。比例するように、『歌のトップテン』『夜のヒットスタジオ』の数字も下落。

翌89年、『ザ・ベストテン』(TBS系)が終了し、1990年には『歌のトップテン』、『夜のヒットスタジオ』も終止符を打ち、テレビ界に“歌番組冬の時代”が訪れます。

テレビを通してスター生み出してきたジャニーズ事務所にとって、結果的にこの出来事は“歌って踊る”方向性をある程度、修正せざるを得ないものになります。

昭和の“歌番組全盛時代”の最後を知る木野正人さんは、“時代の流れ”をどう感じていたのでしょうか。

『田原俊彦論 芸能界アイドル戦記1979-2018』(青弓社)の著者である岡野誠さんが、著書にある“1988年の田原俊彦出演番組表”、未公開の“1989年の田原俊彦出演番組表”を参照しながら、『ザ・ベストテン』、『歌のトップテン』、『夜のヒットスタジオ』、田原俊彦『抱きしめてTONIGHT』、『かっこつかないね』、CHA-CHA、SMAP、ジャニー喜多川氏などについて話を聞きます。

※イベント終了後、希望者には木野正人さんとの『ツーショットチェキ』(サイン入り)を1,000円で承ります。入場の際に受付でお申し付けください

【出演者プロフィール】
木野正人(きの・まさと)
ダンスアーティスト、振付師。1986年、ジャニーズ事務所に入所。1988年『欽きらリン530!!』(日本テレビ系)の電話番号ダンスで脚光を浴び、9月にCHA-CHAのメンバーとして『ビギニング』でデビュー。マイケル・ジャクソンのバックダンサーを目指し、1990年5月にCHA-CHAを脱退。アメリカにダンス留学する。1993年『NAACP(全米黒人地位向上協会)イメージ・アワード』でソロのシルエットダンス『MJ History』を披露。2007年『マイケル・ジャクソンVIPパーティー』では、独自のマイケルリミックスを踊り、マイケル本人から称賛される。CDデビューから30周年を迎える今年、記念の作品集『ポートフォリオ』を発売。

岡野誠(おかの・まこと)
フリーライター。18年6月、24年間に及ぶ研究成果を『田原俊彦論――芸能界アイドル戦記1979-2018』として発表。複数人への取材に加え、1980年代、90年代の歌番組や音楽祭、ワイドショー映像を入手。当時の資料(新聞、雑誌、テレビ)に徹底的に当たることで、ムーンウォーク初披露の日付、「ビッグ発言」報道の移り変わりなど、いままでにない事実をあぶり出した。88年5月19日、田原俊彦『抱きしめてTONIGHT』が1位になった際、ハガキを読まれたファンの漢字を調査するほど綿密な取材を行なった。同書の巻末資料では、田原俊彦の『ザ・ベストテン』全ランクイン曲の思い出のシーン、1982年、88年のほぼ全出演番組(視聴率、内容、テレビ欄など)を掲載。モットーは「1988年の文脈なら“阿藤快”ではなく、“阿藤海”と表記すべき」

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出演者木野正人
岡野誠

出版社青弓社

開催日時

15:00~17:00 (14:30開場)

開催場所

本屋B&B
東京都世田谷区北沢2-5-2 ビッグベンB1F

入場料

■前売1,500yen + 1 drink
■当日店頭2,000yen + 1 drink